
【完全版】入居時の写真を撮り忘れたら退去費用は誰の負担?「入居前からの傷」を借主が示せる記録のつくり方と、クロス6年で1円の計算【国交省ガイドライン】
退去の精算で「クロスの張替え費用を請求された」「入居前からあった傷なのに自分の負担と言われた」というトラブルは、毎年1万件を超えて国民生活センターに寄せられています。結論から言うと、入居前からあった傷や通常の使用による損耗は借主の負担ではありません。ただし、それを退去時に「入居前からあった」と示せるかどうかは、入居時に記録を残しているかで大きく変わります。
この記事では、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」と国民生活センターの公表資料をもとに、①誰が何を負担するのかの原則、②クロスは耐用年数6年で残存価値が1円になる計算、③入居当日にやるべき記録の具体的な方法、④写真を撮り忘れてしまったときのリカバリー、⑤退去立会いと請求書のチェックポイントまでを、ペットと暮らす方の視点も交えて整理します。
原状回復トラブルは年1万3千件超:なぜ「入居時の記録」が決め手なのか
国民生活センターが公表している賃貸住宅関連のPIO-NET相談件数は、2023年度が13,273件、2024年度が13,312件、2025年度が14,711件と、毎年1万3千件を超えています。2026年度も5月31日時点で1,846件(前年同期は1,645件)と、前年を上回るペースです(国民生活センター「賃貸住宅の退去時トラブル」より。2023年2月24日から集計方法が変更されており、消費生活センター等からの経由相談は含まれません)。
相談の中心にあるのは、「原状回復費用として敷金が返金されない」「敷金を上回る金額を請求された」といった退去時の精算です。国民生活センターは、入居時と退去時の両方で、貸主側と一緒に写真やメモで状況を記録しておくことを勧めています。
つまりトラブルの根っこは、法律の知識不足というより「いつ・誰がつけた傷なのか」が分からなくなることにあります。国土交通省のガイドラインも、トラブルの大きな原因は、損耗が入居時からあったものか、いつ発生したものかが分かりにくいことだと整理しています。
借主負担になるもの・ならないもの:民法621条の原則
賃貸の原状回復には、法律上の基本ルールがあります。2020年4月1日施行の改正民法621条は、借主の原状回復義務から「通常の使用による損耗」と「経年変化」を除くと定めています。ガイドラインが示す、借主が負担する場合の考え方は「故意・過失、善管注意義務違反、通常の使用を超える使用による損耗等」です。
借主負担になりにくいもの/なりやすいもの
| 区分 | 具体例(ガイドラインの考え方) |
|---|---|
| 原則、借主負担ではない (通常損耗・経年変化) | 入居前からあったキズ・汚れ/年月の経過による色あせなど/普通の使い方で生じる汚れ・キズ |
| 借主負担になりうる (故意・過失・善管注意義務違反) | クロスへの落書き/誤ってつけたフローリングのキズ/放置した結露によるカビやシミ/喫煙によるクロスの変色や臭い |
| そもそも原状回復に含まれない | 退去時の設備の交換/建物の価値を高める修繕(グレードアップ) |
ここで押さえたいのは、「借主負担になりうる」ケースでも、全額を負担するわけではないという点です(次の章以降で詳しく解説します)。また、ペットによる傷や臭いは、通常の使用を超えると判断されやすい分野です。ペットと暮らす方こそ、入居時の記録が重要になります。
「入居前からの傷」は誰が証明する?トラブルの本当の原因
退去時の精算で、貸主側が「これは借主がつけた傷です」と言い、借主が「入居前からありました」と反論する。このとき、結局は「どちらの言い分が客観的な資料で裏づけられるか」の勝負になります。
国土交通省の資料でも、入居前からあったキズ等は借主の原状回復義務の対象にならないとしたうえで、入居時に写真を撮影しておくことが、入居中に生じた損耗かどうかを判断する客観的な証拠になると説明されています。東京都消費生活総合センターの案内でも、退去時の立会いを求めること、そして日付の記録がある写真を撮影しておくことが有用とされ、入居時に気になる箇所も写真などで記録しておくと退去時のトラブル回避に役立つとされています。
「記録がない」と何が起きるか
記録がないからといって、必ず借主が負担しなければならないわけではありません。ただ、貸主側が「入居後にできた傷」と主張した場合に、反論の材料がなく、話し合いが長引いたり、納得のいかないまま精算に応じてしまったりしやすくなります。
クロス6年で1円:経過年数でここまで負担は下がる
借主に負担義務がある損耗だった場合でも、ガイドラインでは、耐用年数に応じて借主の負担割合を下げていく考え方をとっています。耐用年数で残存価値が1円になる直線(または曲線)を想定して算定します。
壁クロスは耐用年数6年
国土交通省ガイドラインでは、壁クロスの耐用年数は6年です。入居時にクロスを張り替え済みだった場合、借主の負担割合は次のようになります。
| 居住年数 | 借主の負担割合(ガイドライン) | 張替え費用10万円と仮定した場合の目安※ |
|---|---|---|
| 3年で退去 | 50% | 約5万円 |
| 4年8か月で退去 | 約22% | 約2.2万円 |
| 6年以上 | 残存価値1円(実質ほぼ負担なし) | ほぼ0円 |
※上記の金額は、説明のために張替え費用を10万円と仮定した計算例です。実際の費用や負担範囲は、損耗の原因・範囲・契約内容によって変わります。
フローリング・消耗品は考え方が違う
フローリングの部分補修は、経過年数を考慮せず、㎡単位で負担するとされています。全体を張り替える場合は建物の耐用年数(木造22年、RC造47年など)で算定します。畳表・襖紙・障子紙などの消耗品は、経過年数を考慮しません。
負担範囲も「毀損箇所の補修に必要な最低限度」が基本で、クロスは毀損箇所を含む一面分までが目安とされています。ただし、喫煙などで居室全体が変色・臭気を帯びた場合は、居室全体が対象になることがあります。
入居当日〜1週間でやる記録チェックリスト(部屋別)
国民生活センターは、入居時にキズや汚れの有無、エアコンなどの備え付け設備が動くかを確認し、できる限り貸主側と一緒に写真撮影やメモで記録を残すことを勧めています。ここでは、その考え方を部屋別のチェックリストに落とし込みます。
| 場所 | 確認すること | 写真に残すポイント |
|---|---|---|
| 玄関・廊下 | 床のキズ・へこみ、ドアの傷、鍵の状態 | 床全体の写真+傷の寄り写真 |
| 居室(床) | フローリングのキズ、へこみ、色あせ、きしみ | 床全体+傷の寄り写真(定規やコインを添える) |
| 居室(壁・天井) | クロスの汚れ・剥がれ・変色、においの有無 | 壁一面ずつ。汚れは寄りと引きの2枚 |
| 窓・サッシ・網戸 | ガラスのヒビ、網戸の破れ、結露跡・カビ | サッシ下部のカビ跡や水染みは必ず撮る |
| キッチン | コンロ周りの汚れ、シンク下の水漏れ跡、換気扇 | シンク下の収納内部(水染みの有無) |
| 浴室・洗面・トイレ | カビ、シーリングの劣化、排水の流れ、水漏れ | カビや黒ずみは入居時の状態が分かるように |
| 設備(エアコン・給湯器等) | 動作確認、リモコン、異音、備え付けか否か | 動作中の写真や、型番・製造年のラベル |
| ベランダ・収納 | 床の汚れ、排水口、収納内部の傷 | 排水口の詰まりや床のひび |
| ペット関連 | 壁・柱・ドア下部のひっかき傷、床の傷や染み、においの有無 | 低い位置(犬猫の届く高さ)を重点的に |
チェックしたら、気づいた点は「箇所・状態・日付」をメモにして、写真と一緒に保管します。可能であれば管理会社にもコピーを渡し、「入居時にこの状態でした」と共有しておくと、より確実です。
写真の撮り方:後から効く「日付・全体・寄り・スケール」
写真は「撮った」だけでは足りません。退去時の話し合いで使うことを前提に、次の4つを意識して撮影しておきましょう。
①日付が分かる形で残す
東京都消費生活総合センターの案内でも、日付の記録がある写真が有用とされています。スマートフォンの撮影日時情報(メタデータ)は残りますが、日付入りのメモや、日付が分かる書類を一緒に写す方法もあります。写真は編集せず、元のデータのまま保管しましょう。
②「全体」を撮ってから「寄り」を撮る
傷の寄り写真だけでは、どの壁のどの位置か分からなくなります。部屋の全体→壁一面→傷の順に撮ると、位置関係が伝わります。
③大きさが分かるものを添える
定規やメジャー、硬貨などを添えると、傷の長さや大きさが客観的に伝わります。「幅5cm」と「幅5mm」では、請求額の根拠も変わるためです。
④動画も併用する
部屋全体を動画で撮っておくと、撮り漏れの確認や、においや音以外の状況の補助資料になります。ただし、動画はデータ量が大きいため、クラウドなどに複数の場所でバックアップしておきましょう。
撮り忘れた!入居後でもできるリカバリー方法
「入居してもう半年たってしまった」「引越しのバタバタで撮れなかった」という場合でも、あきらめる必要はありません。借主の負担が「入居前からあった傷」にまで及ばないことは、記録の有無にかかわらず原則です。そのうえで、できる範囲で次の対応をとりましょう。
| 状況 | できること |
|---|---|
| 入居直後で、まだ荷解きが終わっていない | 今すぐ荷物を置く前に、全体と傷を撮影。気づいた点は管理会社にメールで連絡する |
| 入居して数か月たった | 現状を撮影し、「入居時からあったと思われる傷」を整理して管理会社へ連絡。入居時の内見写真・募集写真・契約時の資料があれば探す |
| 退去が近づいている | 退去前に部屋全体の写真を撮影。退去時の立会いを必ず求める(立会いがない場合は退去前の撮影が特に重要) |
| すでに請求書が届いた | 請求の根拠・範囲・経過年数の考慮の有無を、書面で説明するよう求める。納得できなければ消費生活センター(188)へ |
募集時の図面や写真、内見時に撮影した写真、不動産会社とのやり取りのメッセージなども、「入居時の状態」を示す補助資料になりえます。入居前の記録がなくても、そうした資料を探してみることをおすすめします。
国民生活センターの相談事例2件から学ぶ
国民生活センターが公表している相談事例から、実際にどんなトラブルが起きているかを2件見てみましょう(国民生活センター 2025年2月21日公表「賃貸住宅退去時トラブルの対処法-入居時からできる対策-」より)。
事例1:約1年半の入居で、クロス全面張替えを請求(2024年5月受付・30歳代女性)
3LDK・家賃約10万円・敷金約20万円の賃貸マンションに約1年半居住して退去したところ、クロス張替え費用約14万円を含む、合計約20万円の請求を受けたという相談です。クロスは耐用年数6年の考え方で、入居期間が短いほど借主の負担割合が高くなりますが、それでも負担すべきかどうかは、損耗の原因(通常損耗か、借主の過失か)と範囲によって判断が分かれます。
事例2:4年住んで、約90万円の請求が70万円に(2024年7月受付・20歳代男性)
家賃約7万円・築17年の賃貸アパートに4年間居住して退去したところ、原状回復費用として約90万円を請求され、見直し後も70万円だったという相談です。入居時から壁紙などが汚れていたという事情が示されています。入居時の汚れを客観的に示せるかどうかが、交渉の分かれ目になる典型例です。
また、国民生活センターのページには、立会い時に「特に原状回復が必要な箇所はない」と言われたのに、後日床のキズの修繕費を求められた、ペットがつけた傷かどうか分からないのにクロス張替え費用を請求された、といった事例も掲載されています。立会いの場でのやり取りも、メモや写真で残しておくと安心です。
特約のチェック:有効になる3要件と契約前に見る場所
原状回復トラブルでもう一つ重要なのが、契約書の「特約」です。国民生活センターも、契約前に禁止事項・修繕・退去時の費用負担を必ず確認すること(たとえば「ハウスクリーニング費用は全額借主負担」などの項目)を勧めています。
国土交通省ガイドラインによると、借主に特別の負担を課す特約が有効になるには、次の3つの要件を満たす必要があるとされています。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| ①必要性・合理性 | 特約の必要性があり、暴利的でないなど、客観的・合理的な理由があること(限定的に解される) |
| ②借主の認識 | 借主が、通常の原状回復義務を超える修繕等の義務を負うことを認識していること |
| ③借主の意思表示 | 借主が、その義務を負担する意思を表示していること |
負担する通常損耗等の範囲が契約書に明記され、借主が内容を理解して合意している必要があります。将来の費用の目安となる単価などが示されていることも重要とされています。地域によっては、条例で特約の内容を別途書面で説明することが義務づけられている場合もあります。
退去立会いと請求書のチェックポイント
退去時の立会いは「必ず求める」
東京都消費生活総合センターは、退去時の立会いと確認を必ず求めることを勧めています。国民生活センターも、入居時と同様に、貸主側と一緒に写真やメモで現状を記録するよう案内しています。立会いがない場合は、退去前に自分で全体の写真を撮影しておきましょう。
請求書が届いたら見る5項目
| チェック項目 | 見るポイント |
|---|---|
| ①損耗の原因 | 通常損耗・経年変化ではなく、借主の故意・過失とされているか。その根拠は何か |
| ②範囲 | 毀損箇所の補修に必要な最低限度か。クロスなら一面分までが目安か |
| ③経過年数の考慮 | クロスは6年で1円など、耐用年数に応じた減額が反映されているか |
| ④特約の有無 | 契約書の特約に基づく請求か。3要件を満たすか |
| ⑤グレードアップ | 設備の交換や価値を高める工事が含まれていないか(原状回復に含まれない) |
納得できない請求があれば、ガイドラインを参考に費用の明細の説明を求めましょう。それでも解決しない場合は、消費者ホットライン「188(いやや!)」で、最寄りの消費生活センター等を案内してもらえます。東京都消費生活総合センターの電話番号は03-3235-1155です。
よくある質問(Q&A)
まとめ:今日からできる5つの行動
入居時の記録は、手間はかかりますが、退去時のトラブルを防ぐいちばん確実な方法です。今日からできる行動を5つにまとめます。
| # | 行動 | ポイント |
|---|---|---|
| 1 | 入居当日に全体→寄りの順で撮影 | 定規やコインを添えて大きさを示す。日付が分かる形で保存 |
| 2 | 気になる箇所は管理会社に連絡 | メールで残し、共有の履歴を作る |
| 3 | 契約書の特約を契約前に確認 | クリーニング・ペット特約・敷金償却の3点を重点的に |
| 4 | 退去時の立会いを必ず求める | 写真・メモで貸主側と一緒に記録する |
| 5 | 請求書は5項目でチェック | 原因・範囲・経過年数・特約・グレードアップ |
請求の内容に納得がいかないときは、一人で抱え込まず、消費者ホットライン「188」に相談しましょう。入居前からあった傷や通常の使用による損耗は、借主が負担するものではないという原則は、記録の有無にかかわらず変わりません。
- 国民生活センター「賃貸住宅の退去時トラブル」(PIO-NET相談件数、相談事例) https://www.kokusen.go.jp/soudan_topics/data/chintai.html
- 国民生活センター「賃貸住宅退去時トラブルの対処法-入居時からできる対策-」(2025年2月21日公表) https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20250221_1.html
- 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」関連資料 https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001611293.pdf
- 東京都消費生活総合センター「原状回復トラブル」啓発チラシ https://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.lg.jp/sodan/kinkyu/documents/genjyoukaifukutoraburu-chirashi.pdf
