「退去したら敷金が全額引かれた上に追加で10万円請求された」「クロスの傷は一部なのに部屋全体の張替え費用を請求された」——こうした原状回復トラブルの相談は、国民生活センターに年間1万3,000件超寄せられており、賃貸トラブルの中でも常に上位です。

しかし正しい知識があれば、払わなくていい費用の大半は最初から断れます。国土交通省のガイドラインと民法の原則を理解し、退去立会いで絶対にやってはいけない行動を知っておくだけで、トラブルの9割は防げます。この記事で徹底解説します。

① 原状回復トラブルの実態——年間1万3,000件超の相談

原状回復トラブルの相談件数(国民生活センター 2025年8月)

国民生活センターへの賃貸住宅の原状回復トラブルにまつわる相談件数は2024年度で1万3,277件(2022年度:1万2,885件・2023年度:1万3,273件)と高水準が続いています。「退去後に高額の原状回復費用を請求された。払いたくない」という相談が国民生活センター賃貸住宅FAQ(2026年1月更新)でも2位に挙げられています。

出典:国民生活センター「賃貸住宅の原状回復トラブル(各種相談の件数や傾向)」(2025年5月31日現在)/ Yahoo!ニュース「原状回復費用として約90万円を請求された!」(2025年8月22日)
実際に寄せられた相談事例(国民生活センター・国土交通省)

国民生活センターには以下のような相談が実際に寄せられています。①「6年半居住した賃貸マンションを退去した。クロスの張替えなどの見積書が届いたが、高額で納得できない」②「ペットが傷をつけたと言われクロス張替え費用を請求されたが、写真を見てもペットが付けた傷かわからない」③「入居時にルームクリーニング代を支払ったのに、退去時にも再度請求された」——また国土交通省の事例では退去費用として約90万円を請求されたケースも報告されています。

出典:国民生活センター「賃貸住宅の原状回復トラブル」(2025年5月現在)/ 国民生活センター発表情報(2026年2月17日)

重要な前提:原状回復トラブルは「知らなかったから払ってしまう」ケースが非常に多いです。国土交通省のガイドラインと民法の原則を知っておくだけで、大半の不当請求は断れます。退去前・退去立会い時・請求書受け取り後——それぞれの段階でできることがあります。

② 「原状回復」の正しい定義——貸主負担と借主負担の境界線

原状回復トラブルの根本は「どちらが負担するか」の認識のズレです。国土交通省のガイドラインでは明確な基準が示されています。

原状回復の定義(国土交通省ガイドライン 令和5年3月)

国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」では、原状回復を「賃借人の居住・使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。つまり経年劣化・通常使用による損耗はオーナー負担が原則で、借主は入居時の状態に戻す義務はありません。

出典:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」(令和5年3月)
貸主(オーナー)負担
  • 日照・経年による畳・クロスの変色・色褪せ
  • 家具設置による床のへこみ・跡
  • 画鋲・ピンの穴(下地ボードに影響しない程度)
  • 冷蔵庫・テレビ裏の電気焼け(通常使用)
  • 設備の経年劣化による自然な摩耗・故障
  • 入居時から存在していた損傷
借主(入居者)負担
  • タバコのヤニ・臭い・焦げ跡
  • 飲み物・食べ物のこぼしによるシミ・カビ
  • ペットによる引っ掻き傷・尿による腐食
  • 結露の放置によるカビ・壁紙の剥がれ
  • 落書き・故意による穴あけ
  • エアコンのフィルター掃除放置による故障
項目耐用年数借主負担の考え方
クロス(壁紙)6年6年で残存価値ほぼゼロ。借主過失の場合も経過年数で減価
カーペット・畳6年6年で残存価値ほぼゼロ。破損箇所のみ負担が原則
フローリング建物の耐用年数に依存部分的な傷は補修費のみ。全面張替えは原則要求できない
エアコン(設備)6年借主過失による故障のみ負担。経年劣化は貸主負担
給湯器・設備15年通常使用による故障は貸主負担

重要:2024年の原状回復ガイドライン再改定では、「経年劣化による価値の減少分は借主の費用負担とならない」点が改めて明記されました。「何年住んでいても新品に戻す費用を払え」という請求は原則として不当です。(出典:弁護士法人ベリーベスト法律事務所 2026年4月)

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退去時のトラブルを防ぐための契約内容確認サポートを行っています。

③ よくある不当請求のパターン5つ

国民生活センター・インテリアエージェントの調査でよく見られる典型的な不当請求のパターンを知っておきましょう。

1

壁の一部の傷なのに「部屋全体のクロス張替え費用」を請求

国土交通省ガイドラインでは、クロスの傷・汚れは「その部分のみ」の補修が原則です。壁の一面を超えた張替えを求める場合でも、通常は「一面分」が上限とされています。タバコのヤニのように部屋全体に広がっている場合を除き、部屋全体の張替え費用を請求するのは不当な可能性があります。(出典:インテリアエージェント 2025年8月)

2

入居時に支払ったクリーニング代なのに退去時にも再請求(二重請求)

入居時に「クリーニング代込み」の敷金を支払ったにもかかわらず、退去時にも同様のクリーニング費用を請求されるケースが実際に報告されています。契約書・領収書を確認し、二重請求になっていないか必ず確認しましょう。(出典:国民生活センター相談事例)

3

「ペットがつけた傷」と言われるが根拠がない

「ペットによる損傷」として高額請求されるケースが増えています。しかし実際にペットによる傷かどうかは、入居前からあった傷との比較・写真証拠が必要です。根拠なく「ペット損傷」とされる場合は異議を申し立てる権利があります。入居時の写真記録が非常に重要になります。(出典:国民生活センター相談事例)

4

「退去時に故意過失にかかわらず全額負担」という特約

契約書の特約に「退去時にクロスや床の張替え等は100%の料金を請求する」と記載されているケースが実際に相談されています。このような消費者に一方的に不利な特約は、消費者契約法上無効とされる可能性があります。署名前に必ず確認・疑問があれば契約を見直しましょう。(出典:国民生活センター発表情報 2026年2月)

5

耐用年数を無視した新品価格での請求

「入居6年のクロスを新品に張り替えるから全額払え」という請求が来ることがあります。しかしクロスの耐用年数は6年で、6年居住すれば残存価値はほぼゼロです。残存価値がほぼゼロの設備を借主負担で新品にする請求は、原則として認められません。経年劣化の減価償却計算が必須です。(出典:国土交通省ガイドライン)

④ 退去立会いで絶対にやってはいけない行動

退去立会いは「その場でのサイン」が最大の罠です。以下は絶対にやってはいけないNG行動です。

最重要NG:退去立会いの場で請求書・精算書にその場でサインしない
退去立会いで「確認書」「精算書」に署名することは、請求内容に合意したことを意味します。その場でサインすると、後からの交渉が著しく困難になります。「内容は持ち帰って専門家に確認します」と伝え、鍵の返却だけ行ってその場は終わらせることが最善です。(出典:暮らしっく不動産 2025年12月)

  • 立会い当日に精算書・確認書へその場でサインしない
  • 「この傷はどこからですか?」「入居前からありますよね?」と根拠を確認しないまま認めない
  • 「だいたいこのくらい」という口頭の概算額に口頭で合意しない
  • 写真を撮られるだけで自分では記録しない(必ず自分でも写真を撮る)
  • 「早く終わらせたい」という焦りでその場を受け入れない

立会い当日に必ずやること:①すべての傷・汚れを自分のスマホで日付入り撮影②「入居前からある傷」と「居住中に生じた傷」を区別して確認③精算書を受け取ったら「持ち帰って確認します」と伝える④鍵の返却は完了させる(鍵は返してOK)

⑤ 高額請求が来たときの対処ステップ

1

請求書を受け取ったら「納得できない」とすぐに書面で通知

請求書を受け取ってから一定期間内に異議を申し出ないと合意とみなされる場合があります。「内容を確認中のため、現時点では合意できません」とメールで即時通知しましょう。

2

国土交通省ガイドラインと照合し、払わなくていい費用を特定

請求書の各項目を国交省ガイドラインの「借主負担・貸主負担」の原則と照合します。耐用年数を超えた設備・通常使用による損耗・入居前からあった傷への費用は原則として払う必要がありません。

3

根拠を示して管理会社に書面で交渉する

「この損傷は経年劣化のため貸主負担が原則です(国交省ガイドライン)」「入居時に撮影した写真と比較すると入居前から存在していた傷です」など、根拠を明示して書面(メール)で交渉します。感情的にならず客観的な事実で対応することが重要です。

4

解決しない場合——消費生活センター(188番)に相談

管理会社との交渉が行き詰まった場合は、消費者ホットライン「188番」に電話して最寄りの消費生活センターに相談しましょう。無料で中立的なアドバイスが得られ、管理会社への連絡サポートも行ってもらえます。(出典:国民生活センター・暮らしっく不動産 2025年12月)

5

60万円以下の場合——少額訴訟という選択肢

消費生活センターでも解決しない場合、60万円以下の請求であれば「少額訴訟」という制度があり、個人でも数千円の手数料で裁判を行うことができます。弁護士費用なしで対応できる場合もあります。(出典:暮らしっく不動産 2025年12月)

退去費用の不安も含めてご相談ください

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⑥ 入居中からできる退去費用を抑える対策

退去費用トラブルは「入居後すぐ」から備えることで大半を防げます。

  • 入居当日に室内全体を日付入りで写真・動画撮影し、クラウドに保存する(既存の傷の証拠)
  • 傷・汚れを発見したら入居直後に管理会社にメールで報告・記録する
  • 壁の傷・汚れは早めに補修用品(ホームセンターで購入可)で自己補修する
  • 結露は発見したらすぐに拭き取り・換気して放置しない(放置による悪化は借主負担)
  • 契約書の特約欄(退去時費用に関する記述)を改めて確認・理解しておく
  • 退去前に自主的にハウスクリーニングを行い、できる限り清潔な状態にする
  • 退去立会い前日に室内を再度写真撮影し、現状を記録する
ペッターズ不動産 独自情報

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⑦ よくある質問(Q&A)

退去・原状回復トラブルに関するよくある質問
Q
敷金が全額返ってきませんでした。取り戻せますか?
A
敷金から差し引かれた費用の内訳明細を管理会社から取り寄せ、国交省ガイドラインと照合してください。経年劣化・通常使用による損耗への費用は原則貸主負担です。不当な差し引きがあれば書面で異議を申し出ることができます。解決しない場合は消費者ホットライン「188番」または少額訴訟(60万円以下)という選択肢があります。(出典:暮らしっく不動産 2025年12月・国民生活センター)
Q
クロスの一部に傷をつけてしまいました。部屋全体の張替え費用を払う必要がありますか?
A
原則として払う必要はありません。国土交通省ガイドラインでは、クロスの損傷は「その部分のみ」が補修範囲の原則です。タバコのヤニのように部屋全体に広がっている汚損でない限り、部屋全体のクロス張替え費用を借主に全額負担させることは妥当ではありません。また入居年数による減価償却(クロスの耐用年数6年)も適用されます。(出典:国交省ガイドライン令和5年3月・インテリアエージェント 2025年8月)
Q
退去立会いで「すぐにサインしてください」と言われました。どうすればいいですか?
A
その場でサインする必要はありません。「内容を持ち帰って確認します」と伝え、鍵の返却だけ行って退去してください。その場でサインすると請求内容に合意したことになり、後からの交渉が著しく困難になります。「今日中にサインしないと敷金が戻らない」などの発言は事実ではなく、圧力に屈しないことが重要です。(出典:暮らしっく不動産 2025年12月)
Q
「故意過失にかかわらず全額負担」という特約が契約書にありました。本当に全額払う必要がありますか?
A
必ずしも払う必要はない可能性があります。消費者契約法では、消費者に一方的に不利な特約は無効とされる場合があります。国土交通省ガイドラインに著しく反する特約については、その有効性を争う余地があります。まず消費者ホットライン(188番)または弁護士に相談することをお勧めします。(出典:国民生活センター発表情報 2026年2月・暮らしっく不動産 2025年12月)
Q
ペットによる傷と言われましたが、入居前からあった傷かもしれません。どう対応すればいいですか?
A
入居時に撮影した写真が最大の証拠になります。写真に同様の傷が写っていれば「入居前からある傷」として異議を申し立てられます。写真がない場合でも「ペットによる傷であることを証明する責任は管理会社側にある」という立場で交渉できます。証拠となる写真の提示を管理会社に求めましょう。(出典:国民生活センター相談事例)

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⑧ まとめ

この記事のポイント

  • 原状回復トラブルの相談件数は2024年度で年間1万3,277件(国民生活センター)と高水準が続いている
  • 経年劣化・通常使用による損耗は貸主負担が原則(国交省ガイドライン令和5年3月)
  • クロスの耐用年数は6年。6年居住後はほぼ残存価値なし——新品全額請求は原則不当
  • 典型的な不当請求:部屋全体クロス張替え・二重請求・根拠なきペット損傷・消費者不利な特約
  • 退去立会いのNG:精算書へのその場でのサイン。「持ち帰って確認」が鉄則
  • 対処手順:①書面で異議通知→②ガイドラインと照合→③書面交渉→④消費生活センター(188番)→⑤少額訴訟
  • 最大の予防策:入居当日の室内全体の写真記録(日付入り・クラウド保存)

「退去費用は揉めるもの」「どうせ払わないといけない」という諦めは不要です。正しい知識と証拠(入居時の写真)があれば、不当な請求のほとんどは断れます。退去前に慌てるのではなく、入居初日から備えておくことが最大の対策です。

ペッターズ不動産では、入居前の契約書確認・特約の説明から、退去時のトラブル相談まで承っています。「今の物件の退去費用が不安」「次の引越し先では同じ轍を踏みたくない」という方もお気軽にご相談ください。

代表

柴崎 孝行(ペッターズ不動産 代表)

不動産業界歴20年超。退去費用トラブルの相談対応・原状回復の適正判断・契約書特約の事前説明を徹底。借主の権利を正しく伝えることを大切にしている。

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